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ゑびす連について

連のプロフィール

院長写真

連長 鶴瀬 幸子(つるせ ゆきこ)

父親で初代連長の鶴瀬春幸氏の影響を大きく受けて育ち、4歳でゑびす連へ。
一時の休止期間を経た後、昭和55年に復帰、同時に七代目連長へ就任。数少ない女連長として活躍。
ふくよかな体系と人々を魅了する笑顔は、今やゑびす連のシンボルということが出来るでしょう。


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男踊り(30人)

地を這うような正調踊りと、宙を舞う豪快なあばれ踊りが絶妙に絡み合い、そこに静と動のコントラストが生まれます。
これからも男らしさをいかに表現できるかを追求しながら、見る人に感動を与え、心を揺さぶる男踊りを披露していきます。


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女踊り(42人)

団体美としての華やかさに加え、編み笠からこぼれる艶やかな笑顔が自慢です。
花から花へ舞う蝶をイメージし名づけた激しい「蝶乱」と、流れるような優雅さあふれるゑびす連の女踊りは、今年も新しい踊りをお見せします。
ご期待ください。


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はっぴ踊り(6人)

あでやかなブルーの衣装にシルバーの帯で粋に踊るゑびす連のはっぴ踊りは アイドル的存在として憧れの的です。 粋な中にも女性ならではの華やかなはっぴ踊りが 今年も皆様を魅了します。


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ちびっ子踊り(25人)

連の先頭を切って登場するのは、連長率いるちびっ子達。 元気な掛け声がこだまします。 勉強や習い事と両立させながら、一生懸命練習しています。 演舞場や街角で見かけたら、手拍子で応援してください!


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鳴り物(50人)

ゑびす連には、あばれ踊り、女踊りの蝶乱という特色ある踊りがあり、 その時々に大太鼓や締め太鼓を主流にしたリズムがあります。
また、見せるスローな踊りにはじっくり聴かせる笛がメインとなります。 リズムのアップダウンを決めるのは鉦。始まりが鉦ならば、締めも鉦。 いわゆる鳴り物のリーダーです。
しっとりと聴かせる三味線。 時代と共に踊りは変わっても「よしこの」のリズムは不変です。


連の歴史

○○○○科・○○○○科・○○○○

 1947(昭和22年) 徳島市・渭東地区にて、三味線など芸事の達者な人、踊り好きの若者が集まり、「もつれ会」として結成 連員約50名 。 1948(昭和23年) 「ゑびす連」に改名 連員45名 連名は、安宅にある戎子(ゑびす)神社にあやかって命名 した。 1950(昭和25年) 無審査の栄誉を与えられ、名実共に有名連の仲間入り   1951(昭和26年) 「阿波おどり振興会」が発足し、その後「県阿波踊り連盟」と合併  1955(昭和30年) 現在の「阿波おどり振興協会」を設立と共にゑびす連も加盟する(現在の加盟数は16連)  1967(昭和42年) 「選抜阿波おどり」スタート ゑびす連も出演の常連となる 1970(昭和45年) 徳島市主催「毎日おどる阿波おどり」スタート
会場は、現・徳島そごう正面玄関場所に位置する「産業観光会館」で行われ、後にアミコビル4階シビックセンターにて定期的に出演する 1980(昭和55年) 現連長・鶴瀬幸子氏が、7代目連長に就任 以後、“ゑびす顔の女連長”として人気を集める  1982(昭和57年) 阿波おどり観光ポスターにゑびす連連員が選ばれる  1998(平成10年) ゑびす連結成50周年 1999(平成11年) ゑびす連結成50周年記念誌発行 徳島県立図書館、国立国会図書館などに寄贈 「阿波おどり会館」オープン  2003(平成15年) 「徳島グラフ」表紙にゑびす連連員が選ばれる  現在に至る 

科を中心に、○○○の治療をしています。
ここに紹介文が入ります。ここに紹介文が入ります。ここに紹介文が入ります。ここに紹介文が入ります。ここに紹介文が入ります。


歴代連長

初代
鶴瀬 春幸
第二代
北谷 政明
第三代
岩田 公文
第四代
佐々木 義数
第五代
喜多岩夫
第六代
瀧野 和則
第七代
鶴瀬 幸子

ナビゲーション

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